
子どもに対して、時にネガティブな気持ちをもつのは自然なこと
子育てという果てしない旅路の中で、子どもに対してイライラしてしまったり、あるいはそんな風に思ってしまう自分自身に嫌悪感を抱いたりすることは、決して珍しいことではなく、誰にでも起こり得る自然な心理現象です。「どんな時も笑顔で、常にポジティブな気持ちで子どもに接する」というのは、現実的には不可能な理想に過ぎません。
なぜなら、子育てもまた「人間と人間との深い関係性」のうえに成り立っているからです。親も一人の不完全な人間であり、日々の生活の中でストレスを抱え、体力や精神力の限界を迎えることもあります。
さらに、周囲の環境も心理状態に大きく影響します。
* パートナーとの協力体制が十分に整っているか
* いわゆる「ワンオペ育児」の状態で、孤独に責任を背負い込んでいないか
心身ともに極限まで疲弊してしまえば、感情のコントロールが効かなくなるのは当然の防衛反応です。まずは「ネガティブになってしまう自分」を責めるのをやめ、それほどまでに自分が頑張っているという事実を認めてあげることが大切です。
育児の痛みの背景にあるもの:トラウマの連鎖
しかしながら、単なる寝不足や疲れだけでは説明がつかないほど、「愛したいのに、どうしても我が子をうまく愛せない」「子どもに対して、客観的に見ても過度と思えるほどの激しい怒りや、理不尽な妬みの感情が頻繁に湧き上がってくる」というケースがあります。このような場合、その感情の背後には、親自身が過去に負った何らかの「トラウマ(心的な外傷)」が影響している可能性が極めて高いと言えます。
1. 幼少期の親子関係におけるトラウマ
最も影響を与えやすいのが、自分自身が子どもだった頃の家族との関係です。
* 親から身体的・精神的な虐待を受けていた
* 日常的に人格を否定されるような冷たい言葉を浴びせられていた
* 存在そのものを無視されるネグレクト(育児放棄)を経験した
このような強いトラウマを抱えていると、我が子に対して「優しくしよう」「プラスの関わりを持とう」とした瞬間に、封印していた過去の辛い記憶が無意識のうちに呼び覚まされてしまいます。
心の中で起こる葛藤の正体
「なぜ自分は、この子にこんなに尽くしてあげなければならないのか。自分が子どもの頃は、誰からもこんな風に優しくしてもらえなかったのに……」
このような親に対する未解決の疑問や怒りが、我が子への嫉妬や拒絶という形にすり替わって表出してしまうのです。愛情を与えたいという「プラスの感情」と、過去の傷からくる「マイナスの感情」が心の中で激しく衝突するこの葛藤は、言葉にできないほど苦しく、引き裂かれるような痛みを伴います(;_;)
2. その他のライフステージにおけるトラウマ
トラウマは幼少期の親子関係だけに留まりません。以下のような経験も、現在の子育てに暗い影を落とすことがあります。
パートナーシップのトラウマ:配偶者や恋人からのDV、モラハラ、精神的裏切り
社会的関係のトラウマ:過去の職場でのパワーハラスメントや、学生時代の深刻ないじめ
不慮の災害・事故のトラウマ:事故や犯罪被害、大切な人との突然の死別
人によっては、これらの異なるカテゴリーのトラウマが複数重なり合い、複雑に絡み合っている場合もあります。
世代間の悪循環を断ち切り、良い子育てへ向かうために
子どもの健やかな成長を支える「良い子育て」を実践するためには、まずは子育ての真の意味を理解し、自分自身のトラウマを乗り越え、子どもに対して健康的なパターンで接していく必要があります。
では、私たちの足を引っ張るトラウマという弊害に、一体どのように立ち向かえばよいのでしょうか。その鍵となるのが、「過去に引きずられない(振り返らない)」という強い意志を持つことです。もちろん、言葉で言うほど簡単なことではありません。
過去と現在を「区別」する
トラウマが蘇る瞬間を客観的に観察してみると、「過去の亡霊が、今ここにある子どもとの尊い時間を脅かし、自分を暗闇に引きずり込もうとしている状態」であると言えます。放置してしまえば、自分が親から受けた痛みを、無意識のうちに我が子にも味あわせてしまうという「負の連鎖」が起きてしまいます。
だからこそ、「過去は過去、今は今」と明確に境界線を引き、未来に向かって一歩を踏み出す選択を日々積み重ねていくことが重要です。しかし、これを自分一人の胸の内だけで完結させようとすると、いつか限界がきてしまいます。
悪循環を根本から断ち切り、新しい未来を創出するためには、以下のような「外の世界や他者とつながるプロセス」を意識的に取り入れていくことが不可欠です。
【過去の悪循環を断つ5つのプロセス】
【観察】自分の「悪い感情(イライラ・怒り)」を客観的に観察し、把握する
【区別】「これは目の前の我が子との出来事ではなく、私の過去の傷だ」と認識する
【表出】溜め込まずに、信頼できる「人に話す」ことで心の重荷を下ろす
【自愛】過去を繰り返していない「自分自身を徹底的に褒めてあげる」
【受容】「他人に褒めてもらう」機会を作り、客観的に認めてもらい、自分の過去のマイナスをプラスへ再認識する
プロセスを支える3つのアプローチ
心の中に湧き上がるドロドロとした感情をコントロールし、新しいパターンへ切り替えるためには、具体的に以下の3つの行動が大きな助けとなります。
(1)信頼できる「人に話す」こと
トラウマや育児の苦しみを一人で抱え込んでいると、思考はどんどんネガティブなループに陥り、まるで世界中で自分だけが悪い親であるかのような錯覚に陥ってしまいます。
だからこそ、パートナーや友人、あるいは専門のカウンセラーや子育て支援窓口など、「あなたの痛みを否定せずに聴いてくれる人」に気持ちを言葉にして打ち明ける(アウトプットする)ことが大切です。
話すという行為は、漢字の通り「放す(手放す)」ことにもつながります。心の中に渦巻く感情を言葉として外に出すだけで、脳が整理され、驚くほど心が軽くなるのを感じられるはずです。
(2)悪循環を繰り返していない「自分を褒めてあげる」こと
私たちは、自分ができなかったこと(子どもに怒鳴ってしまったことなど)には敏感に気づいて落ち込む反面、「自分が踏みとどまれたこと」には無頓着になりがちです。
もしあなたが、過去に自分が親からされたような冷たい仕打ちを、今、目の前の子どもに味あわせまいと必死に耐えたのなら、それは奇跡のような努力です。「自分は過去の悪循環をここで断ち切ろうとしている」「あの親とは違う選択を今、生きている」という事実を、どうか当たり前だと思わないでください。一日の終わりに、「今日も連鎖を繰り返さずに踏みとどまったね、本当に偉かった」と、自分自身を全力で褒めちぎってあげてください。
(3)「他人に褒めてもらう」機会をつくる
自分で自分を褒めることすら難しく感じるほど疲弊している時は、他人の力を借りて、客観的に自分の頑張りを認めてもらうことが必要です。
子育ての努力は家庭内に閉じ込められやすく、誰からも評価されない孤独な闘いになりがちです。だからこそ、信頼できる人に「私、今本当に頑張っているよね?」「過去の傷と闘いながら育てていることを認めてほしい」と素直に伝えてみてください。
第三者から「本当によくやっているよ」「あなたが親で、その子は幸せだね」と言葉にしてもらうことで、頑なに閉ざされていた心の傷が癒やされ、感情をコントロールするための新しいエネルギーが心の奥底から湧いてくるようになります。
自分を労り、一歩ずつ前進する
このプロセスは、言うまでもなく膨大なエネルギーと、並大抵ではない忍耐力を必要とします。自分の心の傷と対峙しながら、それでも子どものために未来へ目を向けようとするあなたの姿勢は、後世に対して計り知れない価値を持つ、心から称賛に値する素晴らしい挑戦です。
しかし、ここで一つ強くお伝えしておきたいのは、「決して無理をしすぎないでほしい!」ということです。
人間が一度に処理できる感情の量には限界があります。完璧を求めすぎて過度に張り詰めると、ある日突然、精神的なコントロールを完全に失ってしまう恐れがあります。「今日は上手くできなかったけれど、それも人間だ」と、自分を許す心の余白を残しておいてください。
また、中には「子どもに優しくできた」「良い行動を示すことができた」とホッとした直後に、なぜか激しい寂しさや辛い気持ちがドッと押し寄せてくる方もいます。それは、目の前の子どもの幸せそうな姿を見て、「救われなかった過去の自分」が泣いているからです。その時は、頑張った我が子を褒めるのと同じくらい自分の心の中にいる小さな自分(インナーチャイルド)を優しく抱きしめてあげてください。
トラウマを抱えながらも、子どもと良い関係を築こうと格闘する日々は、決して楽な道ではありません。しかし、あなたがその困難を乗り越えて築き上げた子どもとの絆は、巡り巡って、いつか必ずあなた自身の心を救い、大きな幸せとなって返ってきます。
どうか一人で抱え込まず、今日できた小さな一歩を自分でしっかりと励まし、称えながら、未来に向かって歩みを進めていきましょう。
監修 作業療法士
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