「赤ちゃんが食べ物で遊ぶのは、発達に良いことだから自由にさせてあげてね♡」
保健師さんの訪問や、育児書、ネットの記事で一度は耳にするこの言葉。
我が家でも、子どもが離乳食を始めたばかりの頃、訪問にきた保健師さんに全く同じことを言われました。
妻はその言葉を信じ、子どもが食べ物をぐちゃぐちゃに弄んだり、いつまでも食べずに遊んでいても、温かく見守ることにしたのです。(^^)
しかし、昭和生まれの私には、どうしても一つの疑問が拭えませんでした。
「本当にこれでいいのだろうか? 目の前でニンジンがただのポイ捨てされてるけど……」と。🤔
昭和の常識 vs 「ねじ曲がった」令和の自由教育
私たちの時代(昭和)の食卓は、もっと厳格でした。
・食べることに意識を集中させる
・出されたものは好き嫌いせず、残さず食べる
・食事中に遊ぶなんて言語道断
「食事は命をいただく、お百姓さんが作ってくれたものをいただく大切な時間」という教育を受けて育った私にとって、目の前で繰り広げられる「食べ物を使ったアクティビティ(大惨事)」をただ放置することには、強い違和感があったのです。😂
近年、日本の教育全体で「個性を尊重する」「自由に行わせて才能を伸ばす」という風潮が強まっていますよね。それ自体は素晴らしいことだと思います。
しかし、最近の育児現場を見ていると、その思想がどこか「ねじ曲がって浸透してしまっている」気がしてならないのです。いつの間にか「自由=何をしても親は叱らず、ただ放置して見守る」というカードにすり替わっていないでしょうか。基本のルールやマナーという土台がない自由は、ただの「放任」です。😎
それでも当時は「現代の科学(?)に裏付けられた育児法なのだろう」と、私も最初は口を出さずに見守ることにしました。私の昭和脳がアップデートできていないだけかもしれない、と。
1年放置してみた結果:床が汚れ、何も変わらなかった😭
保健師さんの言う通りに「好きなだけ遊ばせる」を続けて、数ヶ月が経ち、1年が経過しました。
「そのうち自分で食べるようになる」「成長とともに落ち着く」という期待は、見事に裏切られました。
・いつまで経っても食事に集中しない
・食べるどころか、服や床に食べ物を落として汚すだけ
・食事の時間がただの「おもちゃの時間」になってしまった
結果として、ただ見守っているだけでは、子どもは何一つ成長しなかったのです。
変わったことと言えば、毎日食べこぼしを拭き取り続けたおかげで、我が家のダイニングの床が磨かれたことくらい。汚れた服を夜な夜な洗濯し、床を這いつくばる妻の負担が増えるだけで、子どもが「食事のマナー」を学ぶ気配は1ミリもありませんでした。
我が家が「食事のルール」を決めた理由
「このままではいけない。我が家は泥遊びの会場ではない!」
そう確信した私は、方針を180度変えることにしました。「発達に良い」という都合のいい言葉の裏に隠された放任をやめ、【食事の時間を大切にする】という本来の目的を取り戻すためのルールを作ったのです。
🚫 我が家の食卓 3つの新ルール
・食べ物で遊ぶことは一切禁止(おもちゃではないと教える)
・体調不良などの理由がない限り、残さず食べる
・しっかり食べるまでは、席を立つのは禁止(ちゃんと食べてないときはおしゃべりも禁止)
もちろん、最初は子どもも遊び続けましたが、しかし、親が凛として、継続とした態度で「ここはご飯を食べる場所だよ」と伝え続けることで、少しずつですが、子どもは「食べる時間」と「遊ぶ時間」の区別を理解し始めました。😁
まとめ:「育児の正解」は専門家ではなく、目の前の子どもが教えてくれる
保健師さんや育児書の言う「自由に遊ばせて」というアドバイスは、決して100%間違ってはいないのかもしれません。手で触ることで感触を確かめる、という初期のステップもあるでしょう。
しかし、「自由にさせて伸ばす」とは、マナーやしつけを教えないことと同義ではありません。
子どもによって性格も違えば、成長のペースも違います。専門家の言葉を鵜呑みにして目の前の子どもが乱れていくなら、それはその子にとっての「正解」ではないのです。
時には時代遅れと言われようとも、親が「何が大切か」を真剣に考え、ダメなものはダメとしつけを教えること。それこそが、本当の意味で子どもの成長を促す育児なのだと、この1年の失敗を経て強く実感しています✨️
ちなみにルールを導入して以降、我が家の床掃除の回数は劇的に減り、私の精神衛生も大いに改善されました😆
みなさんのご家庭では、お子さんの「遊び食べ」、どうしていますか?